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爽快倶楽部編集部


2015.9.1
火中の栗
インターネットの故事ことわざ辞典の中に、
「火中の栗を拾う 【読み】 かちゅうのくりをひろう  【意味】 火中の栗を拾うとは、自分の利益にはならないのに、そそのかされて他人のために危険をおかすことのたとえ。また、あえて困難なことに身を乗り出すことのたとえ。 【火中の栗を拾うの解説】 【注釈】 十七世紀のフランスの詩人ラ・フォンテーヌが『イソップ物語』を基にした寓話で、ずるい猿におだてられた猫が、囲炉裏の中で焼けている栗を拾ったが、栗は猿に食べられてしまい、猫はやけどをしただけだったという話から生まれたフランスのことわざ」とあった。

伝え聞けば、今回の安倍内閣の安保法案、安倍氏の右より思想もあろうが、米国オバマ政権の要請による影響大という。国家の危機的事態として中国をあげ、あるいは北朝鮮をあげるが、そもそも戦争とは、経済的な損得の問題である。今、中国が日本と戦争をして、あるいは北朝鮮が韓国と戦争をして、それぞれ得るべき利益があるのか。冷静に考えてみれば、今ほど中国の経済が日本及び米国、さらにはEU自由主義諸国と経済的に深くつながった歴史的例はほとんど見当たらない。世界は変わったというが、この相互依存性増大において世界は変わったのである。日中、あるいは米中が開戦するという事態は、中国経済そのもの存立にかかわり、国家崩壊の危機事態となる。こうした戦略的観点からすれば、およそ戦争はまずもって起こりえない、あるいは起こすことができない。中国の経済の不安定性、共産党政治の崩壊状況を考えれば自明であろう。もちろんかってに日本の関東軍のように、軍部の暴発という、万が一がある。それに対しては、粛々と圧倒的火力による反撃態勢を構築していくことはいうまでもない。降りかかる火の粉は払わねばならぬからである。
世界は変わったという論拠は、むしろ中東情勢であろう。ここにこそ米国の実に経済的、軍事的、あるいは外交的苦悩があり、それ故に日本の軍隊派遣を、彼らの世界軍事戦略の一部としたいのである。

「ずるい猿におだてられた猫が、囲炉裏の中で焼けている栗を拾ったが、栗は猿に食べられてしまい、猫はやけどをしただけだった」、ここで誰が猿であり、誰が猫であるのか、明白であろう。

日本を守る為の集団的自衛権、あるいは違憲だという議論が延々と続く。ともに愚かという他はない。




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