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爽快倶楽部編集部


2014..10.1
本当の味方、本当の敵(2)
孫子にこうある。、
「およそ兵を用うる法は、国を全うするを上となし 国を破るはこれに次ぐ この故に、百戦百勝は善の善なるものにあらず  戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」。
また、こうある。
「故に上兵は謀を伐つ、その次は交を伐つ、その次は兵を伐つ、その次は城を攻む、 城を攻むるの法は、巳むを得さるがためなり」

日本で、いわゆる右翼的思想が台頭しつつある。別の言葉でいえば、国粋主義、愛国主義である。集団的自衛権行使を是とし、あるいは憲法を改正し日本の自衛隊が外国で軍事活動を行えることを、現政権は、その政策目標に掲げている。集団的自衛権行使は、裏を読み取れば、米国の軍事抑止力が世界的規模で低下しており、その肩代わりを同盟国に求める、そうした戦略上にあらわれたことである。その意味では、国粋主義、愛国主義という思想とはまったく関係がない。が、政権は、これを幸いとして、それに乗じて国を国粋主義、愛国主義へ誘導し始めた。米国としては計算外であろうが、軍事予算削減を余儀なくされている今、これをあからさまに批判していない。いわゆる損得で得が勝っている、そういうことである。

世界の事情はさておき、今後、日本が米国につけられた首の縄をみずからはずすときがきた場合、まさに戦前と同じ状況が生まれる可能性がある。その象徴は政治家による靖国神社参拝である。彼らは、靖国に祀られた多くの戦死者を国を護った英霊として参拝、尊崇しているように見える。が、祀られてる戦死者は、けっしてそうではない。戦前の政府、および軍による実に愚かな戦争経営の犠牲者である。南方に派兵された多くの兵士が飢餓、病気で亡くなっている。島部でも同様である。武器、弾薬、食料の補給もままならぬ状態で突撃し、戦死している。特攻においては、自らに爆弾をかかえ、体ごと敵艦に体当たりする、その多くが目的を達するまえに撃墜され海に落ちている。これは、日本の軍事作戦が、兵を消耗品としてしか見ていないことによる。こうして戦死した兵を英霊と呼ぶが、まともに戦う装備も与えられず、ただ特攻せよ、死んでこいといわれた兵はたまったものではない。英霊の呼称、これは戦争指導部の責任のすり替えである。戦争指導部の愚かな作戦責任、国家の戦争経営責任こそ糾弾されなけれなならない。そもそも、太平洋戦争開戦時において日米の国力の差は明らかであった。また、南方諸島、インドシナ半島への侵攻は、日本軍の軍事能力をはるかにこえたものであった。そうした明白な事実があったにもかかわらず、戦争を遂行したのはあまりに無責任であり、当時の政府、軍部の判断は児戯に等しい。靖国に、祀られているA級戦犯の諸君は、まさに、この意味において国民への大罪を犯したといえよう。これを英霊と呼ぶ現代の政治家諸氏の知能程度をうたがう。

現政権の政治家諸氏に、この愚かな作戦指導の反省があるだろうか。一部の国粋主義、愛国主義者は、実に哀れである。戦争は、死ぬためのものだと考えてる。戦争における最大目標は戦わずして勝つことである。本当の敵は、我々の中にいる。




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