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爽快倶楽部編集部


2014..4.1
アナキスト
3月31日、夜の9時頃、テレビをつけたら、たまたま「笑っていいとも! - フジテレビ」の特別番組をやっていたので、少しだけ見た。普段、この昼の番組を見たことはほとんどない。31日は、この番組の最終放送日で、放送開始以来32年だという。それを聞いて、ふと思い出したことがあった。この番組が始まった翌年あたりだったかもしれない、当時、自分は33歳だった。小さな会社のサラリーマンをしていた。春か夏かどちらかは忘れたが、会社近くの公共駐車場の待合室にテレビがおいてあり、高校野球の中継を会社の同僚たち見に行っていた。(あの頃は、そういうことが許されていた時代である)、そのとき、野球の中継が始まる前に、「笑っていいとも!」を見たことを不思議に覚えている。どんな内容だったかは、もちろん覚えていない。が、見たということを覚えている。そのとき先輩にあたる女性社員が「この番組、おもしろいと評判よ」といったようなことも覚えている。人間とは不思議である。じつに他愛のないことを覚えている。
それにしても、この番組が、32年間も続いていたことは驚きである。その司会者がその間、同じ「タモリ」だったいうことも驚きである。タモリは、おもしろい芸をする男だった記憶がある。たしか「4か国語麻雀」を見たと思う。この芸は、馬鹿馬鹿しいの一言、が、おもしろいのである。彼自身が、自分の芸を一番馬鹿馬鹿しくおもしろがっていたように思う。彼が、司会者となったとき、自分自身も32年も続けるとは思ってはいなかったにちがいない。どうでもいいことを、面白がる、逆に考えれば、あえて真剣に物事をとらることを馬鹿しく思う、そうした虚無感ともいえるところで周りを見ていた、その投げやりが、ある意味、継続の理由だったのかもしれない。タモリは、その意味で、テレビをもっとも馬鹿にしたアナキストであった。




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