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爽快倶楽部編集部


2012..2.1
歴史
キリスト教への信仰があるわけではないが、この2ヶ月ほど、興味があって聖書を読んだ。
聖書をひとつの歴史書として読んだのである。聖書であるから、もちろん神について書かれてある。唯一神、あるいは絶対神という神の姿が興味をひいた。が、それ以上に、当時のパレスチナ、エジプト、チグリス・ユーフラテス地域の覇権争いに、とりわけ興味をもった。古代パレスチナは、この現代と同様、まさに戦争に明けくれた地域だった。あるひとつの国家が誕生すれば、すぐに別の国家が、それにとってかわる。聖書が書かれた時代と、そう遠くない時代の記録として、ヘロドトスの「歴史」がある。ここに書かれていることも、やはり戦争の歴史である。
人間の歴史を語るとき、そのほとんどは戦争に明け暮れていたことがわかる。後世の人間が、これから千年後に現代の歴史を読んだとき、現代もまた、「聖書」や「歴史」の時代と、あまり変わらぬと思うにちがいない。これから、たどりつくことは、人間が存在する限り、戦争は絶えず存在するであろうということである。その原因は、富をめぐる戦いであり、富を産み出す労働力の奪い合いであり、最終的には領土の奪い合いだということになる。
戦争とは、人間そのものである。いかに人間の知が発展しようとも戦争はなくならない。これが、「聖書」や「歴史」が教えるところである。
ならば、我々は、常に戦争の準備をしなければならない。残念だが、これは否定し得ない真実である。少なくと、これが欧米諸国の多くの国々の国是であろうと思う。




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