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爽快倶楽部編集部


平成22年2月1日
政治の貧困
「2009年は、戦後日本にとって有意義な年となったと思う。」と書いた途端に、政治資金規正法違反容疑による民主党幹事長小沢一郎氏の秘書、元秘書の逮捕である。その容疑は、さらに小沢一郎氏本人まで及ぼうとしている。これから彼の逮捕に向かうかどうかは予断の許さぬところだが、今回の検察の動き、尋常ではない。何が何でも小沢氏をあげたいとの執念が感じられる。彼が潔白かどうかは彼のみが知るところであり、今や政界の最高実力者となった彼にとっては、叩けばほこりはいくらでも出よう。それが、日本の政治風土である。

政治家の汚職として、その最たるものに職務権限を用いた収賄がある。国の事業について民間業者に仕事を請け負わせるべく役人に働きかけ、成就すればその成功報酬として何がしかの金をもらう、それによって私腹を肥やすか、あるいは政治活動に使うかどうかは問わず、収賄となる。

ところで、このことをあらためて考えてみると、不思議な思いがする。地方議員に限らず国会議員は選挙で選ばれる。国民が、自分の生活利益の実現を立候補者 付託するのである。言い換えれば、議員とは国民の利益代弁者である。国民の要求に従い、国の予算を持って国民に返す、これは、政治家として当然の活動であろう。また、国民は、その政治家の活動のために政治資金としての援助を行う。これもまた、当然の行為である。問題は。政治家が引き寄せた事業が、その価格として世間一般の常識を越えた価格で受注することである。本来の価格に政治献金のための金額が上乗せされ、法外に国の税金が使われることである。これは、問題であろう。
政権交代以前、何らの権限を持たない小沢氏が、そうした立場にあったかどうか、検察の考えを聞いてみたい気がする。

職務権限による、国の事業の請負、この形はどこかで聞いた話である。行政としての職務権限は省庁にある。その傘下にある特殊法人への事業発注は、まさに職務権限であり、そこで法外な契約金を払い、それをもって天下り役人を養うことは、政治家の収賄構造と同じである。これが罪として問われないのは、合点がいかぬ。

誤解を恐れずに云えば、小沢氏の政治資金疑惑、役人が持つ巨大な天下り構造に比べれば、枝葉末節にすぎないであろう。もちろん、法に触れるところがあれば、罰は受けねばならぬのは当然である。が、そのことに血道を上げる検察の行動は、まさに特別会計という聖域に手を突っ込もうとする小沢氏に対する役人の恫喝ではないのか、もしそうだとすれば、これは役人と小沢氏との検察を通した代理戦争である。
そう思うのは私だけであろうか?
爽快倶楽部 編集長 伊藤秀雄




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