TOP>コラム


爽快倶楽部編集部


平成21年9月1日
何が始まったのか
新しい時代が始まった。民意が政権を変えた。
考えてみれば、およそ世界のほとんどの民主主義国で、政権交代はごく自然なことである。これが、なぜ、日本では起きなかったか。世界はこれを不思議と見てきた。だが、日本の歴史を見るとき、多くの時代において国民が被支配層として存在し、政権の選択権を持たなかった経緯をみれば、なんらの不思議はない。近代、明治期において議会制を導入したが、この国民の国家観は大きくは変わらなかった。政治は知識人のもの、あるいは官のもの、そうした意識を持続した。あるいは、時の権力者は、そう意識操作してきた。戦後の日本も同様である。戦争を終わらせたのは連合軍であり、日本の戦後の基礎を作ったのは占領軍である。国民の選択ではなかった。今、初めてその意識が変わった。自らの意思で時の政権を交代させた。この意味は非常に大きい。その歴史的転換点にたまたま鳩山民主党が居合わせたということに過ぎない。
これは、ある意味、非常な危険もはらんでいる。戦前政治を考えてみたらいい。時の政権、あるいは軍部が国民を意識誘導し、戦争に向かわせた。これがまた、再び起こらないとも限らない。今回の政権交代で一番大きな懸念を抱いているのは、恐らくは米国だろう。日本の国民が米国政府の傀儡として存在した自民党ではなく、自分を頭で考え他党を選択したからである。今回の政権交代は恐らくは、日本の未来にとって良くも悪くも非常に大きな一歩になるだろう。
国民は、最早、国家に何をしてくれるかを問うのではなく、己がどこへ向かうのかを問わねばならない。
敗れた自民党諸氏に、一言を述べたい。
野に下ったこと、政治家としての己を見つめる良い機会である。まず国の竈の煙を見、そして世界で何が始まっているかを見よ。また、辛うじて比例で当選した派閥の領袖の諸氏、自らの当選を党の若き者に議席を譲り党の未来を託し給え。それが政権与党の重責を担ってきたものの矜持であろう。諸君の時代は終わったのである。
爽快倶楽部 編集長 伊藤秀雄




TOP>コラム



Copyright 爽快倶楽部