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爽快倶楽部編集部


平成21年5月1日
行雲流水
人は、誰もが無垢の心で生まれる。成長するにつれて、ものごころが備わってくる。「世の中の物事や人情について、おぼろげながら理解・判断できる」(goo辞書)が、ものごころの意である。人間として生きるための本能的な能力である。これなくして人は生きられぬが、一方で人を悩ます欲もまた備わる。成長の度合いによって、食欲、独占欲、性欲、金銭欲、権力欲、様々である。欲がかなわぬとき、人は煩悩の淵に苦しむ。煩悩とは『人間の身心の苦しみを生みだす精神のはたらき。肉体や心の欲望、他者への怒り、仮の実在への執着など。「三毒」「九十八随眠」「百八煩悩」「八万四千煩悩」などと分類され、これらを仏道の修行によって消滅させることによって悟りを開く。染(ぜん)。漏。結。暴流(ぼる)。使。塵労。随眠。垢。』(goo辞書)などを指す。これがまた厄介なしろものとなる。
志賀直哉の「城の崎にて」の中に、首に長い串のささった鼠が衆人の石つぶてを逃れる為、なんとか石垣の穴に入ろうとしてもがく描写があるの思い出す。煩悩とはこの長い串である。人は煩悩の正体たる長い串に容易に気づかぬ。故に、逃れようとするも、その串を取らねば救いは訪れない。狭い世間、短き己の一生、或いは世界を見ても、およそ煩悩に憑りつかれた者ばかりである。
「行雲流水」、「空行く雲や流れる水のように、一事に執着せず、自然にまかせて行動すること」(goo辞書)の意である。願わくばこう生きたいものであるが、そう願うことからして、煩悩の始まりであるかもしれぬ。
爽快倶楽部 編集長 伊藤秀雄




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