TOP>コラム


爽快倶楽部編集部


平成21年1月1日
どんな年になるのやら
新年明けましておめでとうございます。
本年も旧年と変わらず爽快倶楽部をご愛読いただきたくお願い申し上げます。

先日、あるパーティによばれて、東京ディズニーランドに行ってきた。JR京葉線越中島駅から電車に乗ったわけだが、電車を待つ間、ホームで見たことを書こうと思う。電車が来るまでの間のことである。午後3時頃ということもあって、帰宅する通勤の人々も少なく駅はがらんとしていた。自分の待つ場所のすぐ近くに先客として母親と3人の子供がいた。10歳と6歳位の男の子、7~8歳位の女の子、そう見えた。下の男の子が通過電車の音がすると線路近くに寄って電車が来る方向をのぞみこむ。それを母親が注意をする。子供であろうとホームを疾走する電車の恐ろしさは知っていると見えて、電車が目の前を通過する数秒前には小走りにホームの中央にもどる。そんなことが二度あった。子供たちを見ているとその服装がふと気になった。決して汚れているわけではない。どの服も清潔に洗濯がしてある。が、どれも高級なものではなかった。普通、親子でどこかに出かける時には、親も含めてよそ行きを着る。子供たちは背中にリュックを背負い、母親は大きな荷物を二つ持っている。おそらくは、どこか遠い所から帰ってきたのであろう。お土産であろうか、子供が、お父さんにも早く見せたいねと言っていたことからそう思った。よそ行きではない普段着で旅行をする、母親が持っているバックも決して上等なものではない。それは、この家族がそれほど裕福な生活をしていないと想像させた。が、自分がそのとき感じたのは、この家族の決して裕福とはいえない身なりのことではなく、そうした事とは無関係にある子供たちの無邪気な明るさだった。
昨年の暮れ、多くの労働者が、とりわけ派遣社員と呼ばれる人々が契約を打ち切られた。その結果人によっては、住んでいた会社の寮から出ねばならず、明日住む部屋がないという事態にもなった。派遣社員は、一般に正社員と比べて給与が低く、契約期間中においても所得税、社会保険料、寮費、などを引いて残った額から食費を引くとほんのわずかしか残らないという。そうした現状では貯金も多くはない。明日から住む家もなく、食べていく算段もできない。今の世、貧乏という言葉は死語と思っている人は少なくはあるまい。が、その貧乏が、いとも簡単に我々の目の前に現出しているのだ。この派遣社員という制度を考えてみると、派遣社員として働くものにとってみれば、登録している派遣会社からなんらの身分の保証を受けているのではないことがわかる。したがって派遣先の企業からもういらないと言われれば、何らの保証もなく職を失う。こういう制度だからしかたないと云えばそれまでだが、この労働制度はあまりに派遣社員にとって不利である。小泉政治時代に、国による規制緩和策として派遣法が改正され、一般製造業まで派遣先が拡大された。現在、派遣社員として職を失ったのはこの製造業に派遣された人々が多いと聞く。派遣社員で働く労働者の割合は今や全労働者のおよそ3割強だという。
死語となったはずの貧乏がよみがえり始めている。改革は人々の暮らしを豊かにするものでなければならない。身を削るのは人々の暮らしではなく、国家の歳費である。たとえよそ行きの服をなくとも、子供たちの笑いがある間は、人々はそこにささやかながらも小さな幸せを見ることができよう。が、働き手である父親や母親が職を失ったとき、住む家も失い、満足な食事もできぬとなったとき、子供たちの笑いは消えるにちがいない。一家心中や不幸な犯罪が増えねばいいと思う。
今年はどんな年になるのやら。
爽快倶楽部編集長 伊藤秀雄




TOP>コラム



Copyright 爽快倶楽部