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爽快倶楽部編集部


平成19年8月1日
生きる
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹さおさせば流される。意地を通せば窮屈だ。 とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくい悟った時、詩が生れて、画が出来る。 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、 越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。越す事のならぬ世が住みにくければ、 住みにくい所をどれほどか寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊たっとい。住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界を まのあたりに写すのが詩である、画である。」
草枕の冒頭に漱石は人の世の住みにくさを語った。衣食をとってみれば明治、大正、昭和、平成、そしてそれ以前の江戸を眺めてみても今日ほど高齢者が住みにくい世の中はなかろう。だが、衣食足ることがあったとしても、心の住み難さは残ろう。家族とともに住めば身の置き所がない、独居すれば、一人の寂しさが夜の音とともにしんしんと伝わってくる。
人は生きねばならぬ。生まれた瞬間から、その生の寿命が終わるまで生きねばならぬ。
だとすれば、せめて、己の器量で少しでも住み良くせねばなるまい。それには出来る限り我を捨てる。妻や夫に、子や家族友人に対して己の我を捨てることである。常に笑顔を絶やさず好々爺として生きることである。
人、老いてなおこそ、処世を身につけねばならぬとは、実に住みにくい世になったものである。が、これも、生きるということである。
爽快倶楽部編集長 伊藤秀雄




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