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爽快倶楽部編集部


平成18年8月1日
A級戦犯分祀について
 先日、宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)のメモによってA級戦犯靖国合祀に関して昭和天皇が不快感を呈し、それ以降の参拝を中止された経緯が明らかにされた。小泉首相の狼狽ぶりは誰の目にも明らかだった。一方、識者、ジャーナリストを自称する人々の意見も多種多様であった。そもそもこのメモが確かなものであったのか、真実に昭和天皇の御意思を伝えたものであるのか、あるいはこの問題を政治に利用してはならないなどである。
 天皇の御意思の真偽は別として、確かに合祀以降参拝されていないことを考えれば、A級戦犯が合祀された靖国神社には行きたくない、あるいは行くことができないと昭和天皇がお考えになっていたことはまちがない。
 さて、そもそもA級戦犯とは何であるのか。連合軍に対する無条件降伏を受け入れた日本の戦争指導者は戦勝国によってその戦争責任を問われることになった。東京裁判である。東条英機を始め多くの戦時中の戦争指導者がこれによって裁かれた。その結果、重大な責任を負うものはA級戦犯として重罪が課せられた。この意味で言えば、A級戦犯とは、連合国に対し戦争を開始し、継続したことに対する行為への罪状の総称であり、日本の国内法による罪状ではない。故に、A級戦犯とは連合国がかってに裁き罪を課したものであって、日本国内から見れば何ら罪を犯したものではないという見方も出てくる。さらに言えば、戦争裁判自体が無効であり、あの戦争は正しい戦争であったという見方も出てくる。よってA級戦犯は国のために死んだ英霊とすることができる。
 だが、よく考えて欲しいと思う。先の戦争で死傷した対戦国の兵士や、日本軍の進駐によってどれだけの国々が被害を受けたかを論議する以前に、どれだけの日本国民が戦争に駆り出され、死傷したかを。南方諸島、沖縄における玉砕、若者達の特攻、国内都市に対する空襲、そして広島、長崎への原爆投下、いったいどれだけの日本人がこの戦争で死んだのか。時の政治や軍部の戦争遂行においてこれだけの自国民が死んだという戦争は歴史上稀有であろう。このことの戦争責任は問われたことがない。
 A級戦犯合祀は上の戦争指導責任を議論する以前に、靖国神社建立の趣旨において戦死者以外を祀ることは例外的であり、神社本来の戦死者を英霊として祀ることから大きく逸脱していると言わざるをえない。A級戦犯を英霊と同一視すること自体が根本的に間違っているのであると思う。
 恐らく、現天皇陛下においても、先の昭和天皇の意をお汲みになり、A級戦犯が合祀されている限り靖国神社には参拝されないであろう。それによってもっとも悲しんでおられるのは天皇陛下ご自身であり、靖国に祀られている本来の英霊ではないのか、そう思えてならない。
爽快倶楽部編集長 伊藤秀雄




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