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爽快倶楽部編集部


平成17年12月1日
日々是好日
 昼食の後、近くの隅田川テラスで腹こなしの散歩をしている。連日、平日ではあるがハゼ釣りをしている人々が10名近くいる。
「釣れますか」
「下手だから他の人のようにはいかないね」
「どちらから」
「新宿」
「遠くからですね」
「笹塚だから電車に乗ってしまえば30分くらいかな」
初老の方は置き竿を持ってリールを巻き上げると大振りのハゼがついている。
「かなり大きいですね」
釣れたハゼを落としたバケツを見ると十数尾入っている。
「これだけ釣れれば、おもしろいですね」
「まあね」
顔には満足感が出ている。
別の夫婦連れの方と出会った。
「どうですか」
「ぼちぼちかなあ」
ご主人がこぼすと
「まだまだ、これじゃ天麩羅にする気もないわ」
と奥さんが叱咤する。
「最低でも十匹以上釣らないと油がもったいないわよ」
かなり気合が入っているようだ。
手持ちの竿のリールを巻き上げるとハゼが一尾ついている。
「釣れたわよ」
ご主人は笑って見ている。
「どちらから」
「厩橋」
「すぐ近くですね」
「歩いて20分ちょっとかな」
「向こうでは釣れないんですか」
「やってる人はいるけれど、あまり釣れないね」
この奥さんは本当によく釣る。
わずか4〜5分の会話の中で又一尾を釣り上げた。置き竿にせず手持ちで少しづつ巻き上げながら釣っているのが効を奏しているようである。
「「ほら、また釣れた、わたしばっかりね」
仲の良い夫婦に見えた。活発な奥さんのそばで苦笑しつつも、その奥さんがいとおしくて仕方がないように見える。
そこには老いの翳は見えない、仲睦まじい老夫婦の日常があるだけである。
人は、こうありたいと思う。定年まで家族のために働き続け一生を捧げる。そして訪れた定年後という日々を陽だまりの中で夫婦仲良くゆったりと暮らす。これも人の晩年の一つの理想であるかもしれない。
日々是好日である。
編集子




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